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アルカゼロ滅亡前


.episode

「ったくよ。いつまで、こんな場所にいなきゃなんないんだか」

 雪山の奥深くにある洞窟のなか。
 手製の松明以外には光源がないそこに、いくつかの人影があった。
 一人は愚痴をこぼしながら、座り込む仲間達のすき間をうろうろと歩いていた。
「このままじゃあ、身体がなまっちまう……」
 舌打ちする男を見上げて、一人が顔をあげる。

「うっさいなー。そんなに退屈なら、出てけばあ?」
 この中でも年の若い青年が、義手をぷらぷらと振った。

「何だと? 俺に雪山で死ねってのか、テメエは」
「別にいーよ。食いぶちが減って好都合だしさ」
「な……」
 義手の青年は振り返って、別の男に笑いかける。
「ねえ。義兄さん」
「……そのくらいにしてやれ」

 生真面目そうな男は呆れ気味に答える。
 そんな彼を、傍らに居る女性がくすくすと笑みをこぼした。
 赤毛の美しい女性だ。この中では紅一点の存在に見える。
 彼女と対面した位置に居る、金髪の優男が息を吐く。
「追っ手もここまでは来ないとは思いますが。用心に越したことはありません」
「はー。ったく」
 一人うろついてた男が肩をすくめる。
「もしかして死に場所を間違えたかねえ。俺ら……」
 あくまで冗談めかして彼は続けた。

「敗残兵にゃ、居場所なんてないもんな」

 彼の言うとおりだった。
 彼らは敗残兵の集まりだ。
 それぞれが生傷だらけの重い身体を引きずってここまで生き延びた。
 処刑を強いる追っ手達から逃亡して、この洞窟に行き着いた。

 味方も故郷も家族も、すでにない。
 彼らは全てを失くし、傷を舐め合うように集まった。

 その割には悲観的な空気は薄い。
 ある程度、誰もが最期のときを覚悟してるからか、異様に図太いのか。神経が麻痺してるのか。
 彼ら自身にも、とうに分からなくなっている。
 ただ確かなのは……敗残兵をかき集めただけのこの団体には、奇妙な絆が生まれていた。
 実際、激高してもいいはずの男の軽口にも、各々が笑って答えた。

「死に場所を間違えた、か。そうかもな」
「はは。しぶといよなあ。俺ら」

 自嘲めいた笑い声が洞窟に響く。
 本当は誰もが理解してた。
 いつまでも逃げ切れるはずがない。
 いずれは追っ手に捕まり、そしてこっぴどく処刑されるか、戦って死ぬか。その二択しか道はない。
 
 この先、自分達に救いはない。理解はしてて、だからこそ彼らは悲嘆にくれたりするのは止めていた。
 どうせだったら、この急ごしらえの仲間達と笑い合って死ねたなら、それでいい。
 誰もがそう思っていた。

 だが、これから予想もつかないことが起きた。

 実際、彼らは死に場所を間違えたのかもしれない。
 これから背負う、身を切るような苦悩の重さを考えれば……。
 
「何だ? どうした」

 入り口の方から、黒髪の男が駆けて来た。
 彼は付近の偵察に出ていたのだが。その顔には焦燥の色がありありと見て取れた。

「誰かが洞窟に近づいてきている」
 一同に緊張が走った。
「ついに追っ手が嗅ぎつけたか」
「人数は?」
 黒髪の男は顔をしかめる。
「一人。……しかし奇妙なんだ」
「奇妙って?」
 黒髪の男は説明に困ってるようだった。
 彼は意を決して言う。
「俺の見間違いかもしれない。とにかく来てくれ」

 彼らは黒髪の男が困惑してた訳を理解した。
 洞窟の前に来た彼らは、その訪問者に目を見張っていた。
 赤毛の女性が思わず呟いた。

「子供……?」

 その通りで雪山の洞窟にやって来たのは、一人の少年だった。
 利発そうな瞳を輝かせ、真っ直ぐに立つ姿は賢そうではあるが、外見は何の変哲もない子供だ。

 不安気味に彼女は肩をすぼめた。
 気味悪く思うのも無理はない。
 こんな雪山の奥深くに、幼い子供がたった一人で来られる訳がない。
 しかも子供の姿は雪山での出で立ちとはとても思えなかった。シャツにジーンズという簡素な格好だ。

 薄着の子供の登場は、この雪山では異様としか思えなかった。

 敗残兵らの前で子供は頭を下げた。

「こんにちは。皆さん」

 年端のいかない子供には不釣り合いの、堂々とした態度と口調もどこか変だ。彼らの当惑が深まる。

「おめでとう。皆さんは、選ばれたんだ」
「? 選ばれた、だと?」

 子供はうなずく。

「君たちには、方舟(はこぶね)に乗る権利がある」

 あまりに唐突な物言いに彼らは眉根を潜めた。
「方舟?」
「何かの例えかな……」
 囁き合う彼らに構わず、子供は両腕を広げて説明する。

「ここは捨てて、さっさと逃げた方がいいよ」
「君は、いったい……」
「終わりが近い。この惑星はやがて滅びる」

 子供は感情のない声音で告げた。

「この惑星は将来……これ以上はないくらいの、最悪の終末を迎える」

 不思議な子供が語る話に、敗残兵達は聞き入ってたが、これには流石に失笑を漏らした。
 もうすぐ世界が終わるだと?
 単なる子供の妄想としか思えない。
 彼らの一人が代表するように、かぶりを振って嘲笑する。

「何を馬鹿な……」
 子供は彼の言葉を遮って言う。

「今から君らには。方舟に乗るための旅支度をしてもらう」

 子供はポケットから何かを取り出した。
 白い筒のようなものだ。ちょうど掌に収まるぐらいの大きさをしてる。
 彼は筒の蓋を空けた。
 その中では、妙な渦巻きがぐるぐると回転して宙に浮いていた。

「残念ながら。方舟に乗られる定員は少ない」

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2023-07-18 20:55 : 小説 :
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