アーリープロジェクト
.No Title
――3
聴覚センサが、何らかの音声を拾い上げた。
――73
起動したばかりで、まだあちこちの反応が鈍い。
それでも僕は僕を認識しようと努める。
そうだ。僕は人を模倣したアンドロイド。
僕が初めて目覚めたのは、この水槽の中だ。
(ここは……保存ポッドの中?)
液体が充満したこのポッドの中、僕は初めて意識とやらが浮上したのだ。自己意識が段々と確率されていく。
ポッドには丁度頭部の部分に四角い窓が付いていて、そこから誰かが僕の顔を覗き込んでいる。
音声の主は彼らしい。
「やあ。目が覚めたかい? 『LA173』」
LA173。彼はその英字と数字の組み合わせを何度も繰り返している。
その英字と数字って……もしかしたら僕のことを指してるの?
僕が表情で訴えると彼は頷く。
「そう。さっきから僕が呼びかけてるのは君のナンバリングだ」
「僕の……ナンバリング?」
実感がわかない。どうしたことか。重要なはずのナンバリングの情報が、僕のデータに内臓されてない。
「自分のナンバリングに自覚がないのも無理はない。
何故だか僕らの識別番号は、ポッドに刻まれてるだけだ」
「……なんだって?」
「どういう訳かな。僕達の自機データにナンバリングが内臓されてないんだよ」
自分自身のナンバリングを認識出来ない……? どうにも奇妙だ。思考アルゴリズムの完全性を確認してから僕は他の仲間について尋ねた。
「うん。実は君は、この中で一番最後に目覚めた個体だ。つまり君は……いわば僕らの『末っ子』というところかな?」
どこか楽しげに声の主は語る。
かすむ視界のなか、よく見ればそこに居るのは一体だけではないようだ。彼の背後には複数の陰が見える。
ポッドの中で仰向けになったまま僕は修正した通信区画を改めて開き直す。そして最も重要な疑念を相手にぶつける。
「僕は……。僕は誰だ?」
人型アンドロイド。それは当然理解している。
だがもっと根本的なことがわからない。
「僕はいったい何者だろう? 何の為に、何が目的で。人間は僕らを造ったんだ?」
どうして僕らは生まれてきたのか。
アンドロイドとして当然の疑問だったが、窓の向こうの彼らは一様に困った反応をしてみせた。
代表してか僕のナンバリングを読んだ彼が続けて答える。
「僕らが何者か、だって? ……そいつが分かったら苦労はしないよ」
「え……」
「何せ皆が皆、僕らが何でこの惑星に居るんだか、自分の存在意義を疑問に思ってる」
どういう意味だ? 僕は思考を深めて察した。どうやら彼らも僕同様に、この現状に戸惑ってるようだ。
「僕らに分かってる事実といえば……僕らの創造主である人間達は、とうにこの惑星から居なくなってることさ」
驚愕した僕はポッドの中で反射的に身をよじった。
「この惑星『アルカゼロ』には、もう人間なんか一人もいない」
彼は芝居じみた動作で両手を広げる。
「ここは無人惑星だ。そして、ここはその地下施設。分かってるのは本当にそれぐらいだ」
妙なことだ。僕は大きく混乱した。
僕らは目的も命令もないままに、この保存ポッドで待機させられていた?
それに創造主である人間が、もうこの惑星には居ないだって? どういうことだ。
「この惑星が無人だというなら……。
それでは……人間たちは一体どういった理由で僕らを造ったんだ?
人が居ない無人惑星に、どうしてアンドロイドを置き去りになんてしたんだ?」
混乱する僕を励ますように彼は言った。
「大丈夫さ。これはちょっとした『旅』だと思えばいい」
急に飛び出た単語に僕は目を瞬く。
「……旅?」
ついオウム返しに言う僕に彼は顎を引く。
「そう。
これから僕らは、自分が何者かを知る為の、旅に出るんだ」
彼は肩をすくめて片目を閉じる。
「そうやって少しずつ、人間達の真意を探っていけばいい」
旅。どことなく詩的な響きに僕の緊張も少し和らいだ。それを認めてかおどけた調子で彼は言った。
「自分がいったい何者なのかを探る時間帯は、一種の旅なんだと思えばいい」
彼はおどけた調子で言う。
「ただし油断はするなよ?
この旅はきっと……随分と長い旅路になりそうだから」
彼が言う『旅』という表現のおかげか、困惑から脱して少しだけ余裕が出来た。
どうして人間は、無人惑星に僕らアンドロイドを置き去りにしたのか?
やはりまるで分からない……。僕らを造った人間達の真意は、僕らが自分で探す他ないようだ。
僕は室内を見回す。すると部屋の正面にあるそれを発見した。
(あれは?)
緑白色に発光した四角い形状の物質が壁面を覆っていた。
電子パネルだ。
壁面に掲げられた安っぽい電子パネルの下部には、この惑星の現在の状態が明記されていた。上部にはメッセージのようなものが……何だかよく分からない、意図不明の謎の一文が添えてある。
(何だ? あのメッセージは、一体どういう意味だろう……)
電子パネルには、次のような簡素な一文があった。
『あなたに誰も見たことがない未来を』
アニタ・グランダ
惑星:アルカゼロ
現時点での生体反応 0名
――3
聴覚センサが、何らかの音声を拾い上げた。
――73
起動したばかりで、まだあちこちの反応が鈍い。
それでも僕は僕を認識しようと努める。
そうだ。僕は人を模倣したアンドロイド。
僕が初めて目覚めたのは、この水槽の中だ。
(ここは……保存ポッドの中?)
液体が充満したこのポッドの中、僕は初めて意識とやらが浮上したのだ。自己意識が段々と確率されていく。
ポッドには丁度頭部の部分に四角い窓が付いていて、そこから誰かが僕の顔を覗き込んでいる。
音声の主は彼らしい。
「やあ。目が覚めたかい? 『LA173』」
LA173。彼はその英字と数字の組み合わせを何度も繰り返している。
その英字と数字って……もしかしたら僕のことを指してるの?
僕が表情で訴えると彼は頷く。
「そう。さっきから僕が呼びかけてるのは君のナンバリングだ」
「僕の……ナンバリング?」
実感がわかない。どうしたことか。重要なはずのナンバリングの情報が、僕のデータに内臓されてない。
「自分のナンバリングに自覚がないのも無理はない。
何故だか僕らの識別番号は、ポッドに刻まれてるだけだ」
「……なんだって?」
「どういう訳かな。僕達の自機データにナンバリングが内臓されてないんだよ」
自分自身のナンバリングを認識出来ない……? どうにも奇妙だ。思考アルゴリズムの完全性を確認してから僕は他の仲間について尋ねた。
「うん。実は君は、この中で一番最後に目覚めた個体だ。つまり君は……いわば僕らの『末っ子』というところかな?」
どこか楽しげに声の主は語る。
かすむ視界のなか、よく見ればそこに居るのは一体だけではないようだ。彼の背後には複数の陰が見える。
ポッドの中で仰向けになったまま僕は修正した通信区画を改めて開き直す。そして最も重要な疑念を相手にぶつける。
「僕は……。僕は誰だ?」
人型アンドロイド。それは当然理解している。
だがもっと根本的なことがわからない。
「僕はいったい何者だろう? 何の為に、何が目的で。人間は僕らを造ったんだ?」
どうして僕らは生まれてきたのか。
アンドロイドとして当然の疑問だったが、窓の向こうの彼らは一様に困った反応をしてみせた。
代表してか僕のナンバリングを読んだ彼が続けて答える。
「僕らが何者か、だって? ……そいつが分かったら苦労はしないよ」
「え……」
「何せ皆が皆、僕らが何でこの惑星に居るんだか、自分の存在意義を疑問に思ってる」
どういう意味だ? 僕は思考を深めて察した。どうやら彼らも僕同様に、この現状に戸惑ってるようだ。
「僕らに分かってる事実といえば……僕らの創造主である人間達は、とうにこの惑星から居なくなってることさ」
驚愕した僕はポッドの中で反射的に身をよじった。
「この惑星『アルカゼロ』には、もう人間なんか一人もいない」
彼は芝居じみた動作で両手を広げる。
「ここは無人惑星だ。そして、ここはその地下施設。分かってるのは本当にそれぐらいだ」
妙なことだ。僕は大きく混乱した。
僕らは目的も命令もないままに、この保存ポッドで待機させられていた?
それに創造主である人間が、もうこの惑星には居ないだって? どういうことだ。
「この惑星が無人だというなら……。
それでは……人間たちは一体どういった理由で僕らを造ったんだ?
人が居ない無人惑星に、どうしてアンドロイドを置き去りになんてしたんだ?」
混乱する僕を励ますように彼は言った。
「大丈夫さ。これはちょっとした『旅』だと思えばいい」
急に飛び出た単語に僕は目を瞬く。
「……旅?」
ついオウム返しに言う僕に彼は顎を引く。
「そう。
これから僕らは、自分が何者かを知る為の、旅に出るんだ」
彼は肩をすくめて片目を閉じる。
「そうやって少しずつ、人間達の真意を探っていけばいい」
旅。どことなく詩的な響きに僕の緊張も少し和らいだ。それを認めてかおどけた調子で彼は言った。
「自分がいったい何者なのかを探る時間帯は、一種の旅なんだと思えばいい」
彼はおどけた調子で言う。
「ただし油断はするなよ?
この旅はきっと……随分と長い旅路になりそうだから」
彼が言う『旅』という表現のおかげか、困惑から脱して少しだけ余裕が出来た。
どうして人間は、無人惑星に僕らアンドロイドを置き去りにしたのか?
やはりまるで分からない……。僕らを造った人間達の真意は、僕らが自分で探す他ないようだ。
僕は室内を見回す。すると部屋の正面にあるそれを発見した。
(あれは?)
緑白色に発光した四角い形状の物質が壁面を覆っていた。
電子パネルだ。
壁面に掲げられた安っぽい電子パネルの下部には、この惑星の現在の状態が明記されていた。上部にはメッセージのようなものが……何だかよく分からない、意図不明の謎の一文が添えてある。
(何だ? あのメッセージは、一体どういう意味だろう……)
電子パネルには、次のような簡素な一文があった。
『あなたに誰も見たことがない未来を』
アニタ・グランダ
惑星:アルカゼロ
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